このエントリーをはてなブックマークに追加

遺品整理アンカーです。本日で、阪神淡路大震災から20年が経ちました。私たちの遺品整理の拠点、伊丹市には昆陽池公園という公園があり、「阪神大震災慰霊祭」が毎年、行われており、今年で20回目を迎えました。訪れる方は、ローソクに献灯し、震災の犠牲になられた方を悼むイベントとして知られています。震災当時、私は18歳でした。尼崎市に在住していた私も震災で被災し、老朽化が進んでいた住宅のため、家屋が全壊という被害に遭い、母と弟と三人で、地元の中学校の避難所へと駆け込みました。当時、私たち家族は一匹の愛猫を飼っており、愛猫と震災の際に、離れ離れになってしまったのです。避難所に聞いてみたところ、「仮に見つかったとしてもペットは受け入れられない。」とのことです。今から考えたら、それは当然のことです。私たち以外にも、ペットを飼われていた被災者の方もおられたかもしれません。私たちだけが、それを望んではいけないし、私たちの願いを受け入れてしまうと、他の方すべてのペットを受け入れなくてはならない。今思うと、それは当たり前のことだったかもしれません。でも、若かった私は、愛猫と一緒にいられないなら、この避難所にいる理由もない、そう思い、家族と共に避難所を後にしました。ペットを受け入れてくれる避難所はないに等しいと、もちろん、今では考えることができますが、私はペットを探すことと、ペットを受け入れてくれる避難所を探すことに没頭していました。当時の私には時間が有り余っていたのです。務めていた会社もまた被災し、半壊する被害に遭いました。落ち着くまでは、待機しておくよう、連絡を受けていました。伊丹市や尼崎市内の他の避難所、そして、川西市や池田市まで、何とか自転車で辿り着き、周辺の避難所に聞いて回りました。しかし、やはり、どこの市へ行こうとも、結果は同じでした。もう、どこも受け入れてくれないし、愛猫も、もうだめかもしれないと諦め、自宅があったはずの、その場所へ、愛猫に別れを告げようと決心し、向かいました。全開した家の残骸の前でしばらく、放心状態になっていると、何か聞こえます。耳を澄ますと「ニャー・・・。」確かに、猫の鳴き声のようでした。名前を呼び、キョロキョロと辺りを見渡すと、こちらに、走り、駆け寄ってくる愛猫の姿が見えました。愛猫はジャンプし、私の胸へ飛び込んできました。震えながら、それでも体をすり寄せ、喉をゴロゴロと鳴らしています。私は名前を呼び、会えた喜びから号泣しました。そして、避難所を後にしてから寝泊まりしていた、軽自動車へ連れて帰りました。すると、この状況に耐えられないと、当時、健在だった祖母が、「猫は嫌いだけど、あんた達がかわいそうだから。」と愛猫と共に、祖母の自宅に招き入れてくれました。これから、数日後、母親と祖母が、大げんかになりました。理由は、猫にやはり耐えられないということでした。私たちは、それでも、愛猫を見捨てるわけにはいかず、結局、祖母の家を出ようと決めました。ようやく、水道が復旧し始め、近所の銭湯が営業を再開したので、体を何日か振りに洗おうと銭湯へ行きました。帰り道、体をきれいにして、それからは、祖母にちゃんとお礼を言って、仲直りしてから、出ようと話しながら祖母の家に着くと、祖母の顔が青ざめています。理由を聞くと信じられない言葉を発しました。「猫が、猫が猫が・・・死んだ。」そう言って号泣するのです。見ると、静かに、眠っているだけのように見えます。体もまだ温かく、信じられません。しかし、それは確信に変わりました。呼吸をしていないのです。いくら呼んでも、体を揺すっても・・・。「わぁーーー!」僕たちは一斉に大声で愛猫の名を呼び、泣き叫びました。祖母が静かに事情を話し出しました。餌をやりにいったら、珍しく、祖母に体をすり寄せてきた。びっくりしたけど、けんかしたのは、あんたのせいじゃないよと、珍しく祖母は愛猫の頭を撫でてあげたそうです。そして、愛猫にこう言ったそうです。「あんたも行き場がなくてかわいそう、だけどあの三人はもっと行き場がないんだよ。」とすると淋しげに顔を見上げて、小さな声で「ニャー」と言ったそうです。賢い猫でしたが、慣れない土地での暮らしで、道に迷ってはいけないと、初めて首輪と、首輪をつなぐ紐を付けていたのが、悪夢の結果となりました。愛猫は、祖母に別れを告げ、かすかな声で鳴いた後、ベランダから飛び降りました。ベランダにつないでいた紐は、ベランダから飛び降りた愛猫を吊るしました。祖母は慌てましたが、紐を外すとロープが切れてしまう。それも危険で、何もできないいまま、愛猫は天国へ旅立ちました。愛猫は、祖母の話を理解し、自ら家を出ようと決めたのでしょうか。それとも、飛び降りると、どうなるか理解したうえで自ら命を絶ったのでしょうか。私たちは、愛猫を引き上げ、泣きながらお墓を作り葬りました。あれから20年、天国から愛猫はまだ、僕達を見守ってくれているでしょうか。もしも願いが叶うなら、もう一度だけ逢いたい。その想いが溢れます。